カフェギャラりー杢&木彫工房SYU

洞爺湖町にあるカフェギャラりー杢&木彫工房SYUのブログです。

ブルースコード

下敷きを切ってピックを作った。と言うのも古いギターを引っ張り出し、アマゾンでスチール弦を買ったもののピックを買い忘れ、こちらでは室蘭まで行かぬと手に入らぬからだ。
何故50年も前のギターを引っ張り出したかと言うと・・・・・・

先日東京で高校時代の悪友達と飲んでいた時、一人の友人の話が出た。彼は俺がアルバイトをして共同トイレ炊事場の木造ボロアパートに住んでいた頃、何も無い四畳半に転がり込んで来、暫く居候をしていたことがあった。どういう訳か急にギターに目覚め、熱くブルースを語り、ジミヘンやジャニスが死んだ時には世も終わりというような顔をして嘆き悲しんでいた。
俺にサイドギターのコードを教えブルースコードを延々と弾かせ、自分はリードギターでソロをとり陶酔しきっていた。お互いバイトをしていたので仕事から帰るとこんな毎日が続いていた。
俺がアパートを引き払い北海道に行くという頃、六本木の「無限」と言うディスコでリズム&ブルースのバンドで弾いているというのを聞いたのが最後、その後連絡を取らず何処でどうしているものか音信不通であった。
彼のお陰で音楽はビートルズしか知らなかった俺がブルースを知り、ジャズなどを好きになる扉を開けることが出来たのかも知れぬ。また、俺の音楽の才の無いのを知らしめてくれたのも彼かもしれない。
それからずっと気になってはいたのだが、どこかでまともな道に進んで暮らしているのだろう、ぐらいに思っていた。
その彼に、もしかすると連絡を取れるかもしれないと、飲んでいた友が何年か前に電話番号を聞いたと言う知人に連絡を取ってみると言いその晩は別れた。

早速次の日メールが入り、彼と繋がり電話で一時間も話し、彼が俺に会いたがっているとの文面!俺も会いたいとすぐに返信。同級生四人で渋谷で飲むことになり45年振りに渋谷で会った。不思議なもので二人とも白髪と白い髭で風貌は若い時と全く変わっていたのだが、45年の時が一瞬にして消え去り、昨日まで会っていたかのような会話が弾む。彼は何と音楽活動を続けずっとギターで飯を食っていた。今も作曲や編曲もして活動しているという。なぜかやたらうれしくなり実に濃い酒をこれも50年以上続いているという店で遅くまで飲み渋谷の駅で皆と別れた。

帰道してから彼の名を検索すると、ユーチューブで彼の演奏する映像がいくらでも出てきた。
超有名なフォーク歌手のバックバンドも務める、俺も名前だけは聞いたことのある一線のバンドのリードギターであった。おかしいもので実名で検索すれば直ぐに分かったのだが、皆彼はどうしているのかと気にかけていたものの、メジャーで活躍してるとは思わなかったのだ。
その彼が夏にギター一本持って遊びに来るという。
もちろん俺のギターなど話しにならぬのだが、45年前ベニヤ張りの四畳半の部屋で、先の見えない漠然とした不安の中、深夜二時三時まで熱く弾いていたブルースのセッションをしたく、ポンコツギターを引っ張り出したというわけである。
だが悲しいかな、指が思うように動かずF7のコードの小指が押さえられない!
ちょっと弾いただけで指がつった!

                   ギター


SYU
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